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野崎 剛右 Koske Nozaki, リコーダー

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2020年 09月 26日

「ジャーマン式」ってそんなに劣悪? ドイツ式運指(German Fingering)と教育現場でのリコーダー運指の選択についての考察 2017



ドイツ式運指とは?

 現代リコーダーの運指には、2つのシステムがあります。

1. イギリス式運指(俗に「バロック運指」)
English Fingering ( or "Baroque Fingering")
2. ドイツ式運指(ジャーマン運指、日本での呼称は主に「ジャーマン式運指」)
German Fingering

 これら2つの現代運指は両方とも20世紀初頭の古楽復興の中で、元来のバロック時代のリコーダーの運指、いわゆる旧式運指(Old Fingering)に手を加えて考案されました。現在のヨーロッパではドイツ式運指のリコーダーは廃れましたが、イギリス式は現在の古楽シーンでもなお、主流のシステムです。(旧式運指についてより詳しく知りたい方はこちら)

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↑左から:イギリス式運指(H.Coolsma)、旧式運指(K.Kinoshita)、ドイツ式運指(P.Harlan)。旧式がトーンホールの大きさ・間隔ともに均等に見えるのに対し、イギリス式は4番を小さく、5番が大きい。また4番と5番の間隔はしばしば広げられる。ドイツ式は反対に4番が大きく、5番が小さい。




ドイツ式運指の発明

 ドイツ式運指は、P.ハーラン* によって1920年代(1925年頃とも)、すなわち A.ドルメッチ* によるイギリス式(または通称”バロック式” 運指)と概ね同時期に、旧式運指を改変して開発されました。ソプラノリコーダーにおいて、ファの運指をイギリス式が 1オクターヴ目を01234 67、2オクターブ目を0h1234 6 のクロスフィンガリングを取るのに対し、ドイツ式は01234 で両オクターヴをカヴァーすることから、調号のない曲で簡単な運指で演奏できるシステムとして主に教育現場で採用されていますが、それ以外の音でかえって複雑な運指が多くなると言われ、他調性の演奏が難しく非合理的だと一般的に低評価されます。
*Peter Harlan(1898-1966)
*Arnold Dolmetsch(1858- 1940)




ドイツ式運指の採用例

 先日、パリでSébastien Marq氏と1930-40 年頃に製作されたドイツ製のドイツ式運指のリコーダーで、このタイプのリコーダーを想定して作曲された、P. ヒンデミット * の ”Trio” (1932) を演奏しました。この作品はA 管アルトと二本のD 管テナーという編成で書かれていますが、現在ではこれらの管はイレギュラーで、指定の楽器編成で演奏されることはまずありません。今回、Marq氏所有のA, E, F 管アルト、D 管テナーを試奏しましたが、いずれもストレートウィンドウェイの、すべてドイツ式運指の楽器でした。ヒンデミットに師事した、指揮者の坂本良隆* が1936年のベルリンオリンピックで聴いた C.オルフ* 作曲の音楽の中でリコーダー演奏に接し、日本に最初にリコーダーを持ち込んだ、という話は有名ですが、YAMAHA 管楽器部門の前身であったニッカン(日本管楽器株式会社)が戦後教育楽器の製造において模範としたのがこのような楽器だった事でしょう。
*Paul Hindemith(1895-1963)
*坂本良隆(1898-1968)、山田耕筰にも師事。
*Carl Orff(1895-1982)
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↑1930-40年代製作のオリジナルのドイツ式リコーダー。左から、D管テナー(Muller・Orpheus)、F管アルト(”ALCANDO" ダブルキー付き)、A管アルト(Musikhauskoch Munghen SHUTZ・MARKE ''SONORA")。


 また、これらの楽器と同時期にフランスのフルート製作家 L. N. Lot によって製作されていた”Pipeau”は、6 キー付きの C 管ソプラノリコーダーで、ドイツ式と同様の運指を持っていました。この手の楽器はその外観からEnglish Flageoletと混同されることもありますが、キーシステムが類似するものの、異なる音孔数と運指体系を持っています。Lot 一族が古楽復興に特に積極的に関与していたようには思えませんが、リコーダーの流行に乗って気軽に演奏できる製品として製造していたようです。ドイツ式リコーダーは開発後、ナチスドイツの統治時代にヨーロッパに大々的に広がりました。当時のフランスでもドイツ式運指が採用されていたことに不思議はありません。
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↑フランスのフルート製作家、Louis Nicolas Lot によるC管リコーダー”Pipeau”は、手軽に演奏でき、愛らしい音色の笛で人気がありましたが、ドイツ式運指を採用した、あるいは同様の運指を持った楽器の一例でもあります。 (1940年頃製、パリ、個人所有)


 戦後のドイツ製品の厳しい風評を背に、ドルメッチ社(イギリス)の商業的大成功によって、ヨーロッパではほぼ完全に排除されたと言って良いドイツ式運指のリコーダーですが、日本の教育楽器メーカーでは教育現場での需要から現在もなお製造されています。ドイツのメック社、モーレンハウエル社をはじめ複数のメーカーで教育用の楽器として非常に少ないラインナップでありながらもドイツ式の楽器が製造されていますが、教育現場での実際の採用率は日本ほど多くはないようです。
 
 ここで教育現場でよく話題になる、ソプラノリコーダー導入指導における運指の選択について述べたいと思います。 
 前途のように、一般に言われるバロック式(”Baroque Fingering”)ですが、これは元を正せば ドルメッチ社独自の商標であり、自社の製品を差別化・正当化するためのネーミング戦略であったまでで、決してバロック時代の運指ではありません。イギリス式運指もドイツ式運指も、どちらも20 世紀初頭に元来のバロックリコーダーの運指を変更して作られた簡易的な運指です。したがって、どちらも同等に正当性はなく、それぞれのコンセプトで旧式運指の難点を改変しています。(旧式運指についてより詳しく知りたい方はこちら)



ドイツ式運指の一般的認識

 一般に「ドイツ式は音程が悪く、半音階運指がかえって厄介」と言われますが、私は経験上この風評に疑問を持っています。実際20世紀前半に製作されたジャーマン運指の楽器を演奏してみると、当時に作曲されたリコーダーレパートリーには多少込み入った作品もありますが、それらの演奏に十分対応しうるからです。現在、ほぼ100%の演奏家がイギリス式を使用していることで、ドイツ式への評価は慣れ親しんだイギリス式との単なる比較だということをまず前提とすべきだと思います。実際には、ドイツ式運指の派生音は、イギリス式で不安定になりがちなところが逆に豊かに鳴ったり、イギリス式に見られないところで旧式運指と共通するという側面もあります。また、ドイツ式は一般的に、音程が悪いと言われますが、そのようなことは断定的に言うことはできません。特に現在では日本国内の各教育楽器製造会社によって大変性能の良い楽器が製作されていますし、イギリス式でも音程の不安定な楽器はたくさんあります。むしろ内径設計やヴォイシング、調律など、個々の楽器そのもののクオリティの問題だと捉えられます。 


ドイツ式リコーダーのイギリス式と異なる運指
(ソプラノリコーダーの場合)

1オクターヴ目
ファ: 01234
ファ#: 0123 567
(バロックリコーダーの旧式運指、ルネサンスリコーダーと同じ)

2オクターヴ目
ファ: 0h1234
ファ#: 0h123 56h
(ルネサンスリコーダーと同じ)
ソ#: 0h123 567
(ルネサンスリコーダーのバスやテナーと同じ)

※hは半開を意味します。
※ファの運指は歴史的運指と異なりますが、これはイギリス式でも同様に異なります。





ドイツ式の過小評価の根源

 しかしながら、イギリス式が戦後から現在まで演奏家の間で主流のシステムとして親しまれてきた中で、今日では多くの現代作品、エチュードや教則本はこの運指を想定して書かれ、音楽院でもこのシステムで教育が行われてきました。楽器もより高度な演奏技術のレベルに応えるべくイギリス式の運指を持ってして楽器の改良・開発が続けてられて来ましたし、それは教育楽器メーカーにも同じことです。ドイツ式運指でリコーダーを作る個人製作家などは現在ではいませんし、教育楽器メーカーでも良いグレードのモデルにはドイツ式の選択肢がない場合もあります。また、ドイツ式で演奏した経験のない世代の演奏家がほとんどで、同等に演奏する目的でわざわざ今から別のシステムを学ぶ必要はありませんし、ましてやそれで指導するのはかえって厄介です。加えてドイツ式が劣悪だという風評も重なり、一般的に教育現場ではイギリス式に統一しようという風潮が非常に強くなっています。かつてはアルトはもちろん、テナーやバスまでドイツ式でコンソートが楽しまれましたが、現在製造されるのはソプラノのみで、ドイツ式のソプラノでリコーダーを導入しても、他のサイズの楽器に持ち替える時にイギリス式に乗り換えなければならず、現場の混乱を招いています。この状況下でドイツ式運指はそれ自体の実際の機能性としてはよく知られないまま、過少評価を得ていると言えるというのが私の見解です。
 実際、技術的な面で言えば、学校教育で一般的に演奏する程度の楽曲ならば、ドイツ式でもなんの問題なく演奏できますし、仮にどの運指の楽器であろうと教師がそれで演奏できるのであれば、音楽教育のプロセスとして問題はありません。現場の先生方ご自身が、目的に合わせて個々で判断すれば良いと考えています。




教育現場での採用の是非

 私は小中、高等学校の音楽教員ではないので、現役の現場の先生方には、ここからは理想論だと思って笑って下さって結構ですが、教師が楽器を選択・指定するだけでなく、できれば児童・生徒が将来的に運指を選択する自由が儲けられればもっと良いと思います。これは、本来楽器(やその運指、システム)は奏者本人が自身の趣向やスタイル、目的によって選択するものだからです。ブラスバンドの多くの管楽器では(フォークフィンガリング(クロスドフィンガリング)のテクニックはリコーダーやその他の同時代(バロック以前)の管楽器に比べてそれほど重要ではありません。こうした現代の管楽器に触れる以前に、イギリス式リコーダー運指のほんのちょっとした複雑さから、自分には管楽器演奏の素質がない、とその時点で演奏を諦めてしまう子供が実際のところ現場には結構います。リコーダー指導が管楽器導入の障害になってしまっては本末転倒ではありませんか?!

 教師はそれぞれの運指の存在とその利点を理解した上で、指導環境などその他の条件をにあった目的のもとに購入楽器を選択していただきたいです。同時に、できれば子供に選択肢を与えてほしいです。残念ならがら大人数の集団的指導、加えて授業時間削減の状況下では大変困難なことはお察ししますが。

 リコーダーという楽器が元来単なる教育楽器なのではなく、その奥深い世界があるということを子供が知るきっかけを与えることは、もちろん重要な教育要素ではあります。しかしながら、学校教育でのリコーダーの使用目的は、まず管楽器演奏のための導入楽器としての役割を最低果たすべきというのが、私の意見です。そのために、指導環境によっては、イギリス式でもドイツ式でも、目的を持って選択さえすればどちらでも構わないはずです。
 もし仮に私が小学校、または中学・高校の音楽科教師として集団的指導でリコーダー導入をする場合、自分自身が慣れているイギリス式を選択するでしょうが、その運指で問題を抱える児童・生徒には個別的な選択肢としてドイツ式 を提示することになんの抵抗もありません。ドイツ式を備品として常備し必要な子供に提供する程度のことは簡単なことです。また、もし教師がイギリス式よりもドイツ式に慣れていて、教材の曲を難なく演奏できるのであれば、それはそれで良いことでしょう。ただ、イギリス式にも言述し、それを必要とする子供に対して選択の余地があるようにすればなお良いと思います。

↑ C.オルフがベルリンオリンピック(1936)のために作曲した、オリンピック試合のための音楽。P.ヒンデミットに師事した坂本良隆がこの演奏を聴き、日本にリコーダーを最初に持ち込んだとされている。


 これを機に、ドイツ式運指のリコーダーも、ただの「劣悪な簡易的な楽器」ではなく、一つの有効な選択肢として教育現場で改めて見直されれば、と思います。


野崎剛右(リコーダー奏者)

(この記事の内容は随時更新されます)


by koske-p-nozaki | 2020-09-26 00:19 | リコーダーに関する話題 歴史的運指など | Comments(0)


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