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「ジャーマン式」ってそんなに劣悪? ドイツ式運指リコーダーの真実(2017)



ドイツ式運指とは?

 現代のリコーダーの運指には、2つのシステムがあります。

1. イギリス式運指 俗に「バロック運指」
英語表記:English Fingering or "Baroque Fingering"
2. ドイツ式運指 ジャーマン運指、日本での呼称は主に「ジャーマン式運指」
英語表記:German Fingering

 これら2つの現代運指は両方とも20世紀初頭に起きた古楽器復興の流れの中で、元来のバロック時代のリコーダーの運指、旧式運指(英:Old Fingering)に手を加えて、リコーダーの市場化を目的に開発されました。ドイツ式は、戦前・戦時中まで広く使われていましたが、戦後、欧米ではドイツ式運指のリコーダーは廃れ、イギリス式が優勢となり、現在の教育現場、古楽シーンを含めるあらゆるのリコーダー演奏で、このイギリス式の楽器が主流となっています。(旧式運指についてもっと詳しく知りたい方はこちら)

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↑左から:イギリス式運指(H.Coolsma作)、旧式運指(K.Kinoshita作)、ドイツ式運指(P.Harlan作)。
旧式がトーンホールの大きさ・間隔ともに均等に見えるのに対し、イギリス式は4番が小さく、5番が大きい。4番と5番の間隔はしばしば広げられる。
ドイツ式は反対に4番が大きく、5番が小さい。




ドイツ式運指の発明

 ドイツ式運指は、P.ハーラン* によって1920年代に、イギリス式通称「バロック運指)は、A.ドルメッチ* によってほぼ同時期に、旧式運指を改変して開発されました。ソプラノリコーダーにおいて、「ファ」の運指をイギリス式が1オクターヴ目を01234 67、2オクターブ目を0h1234 6 のクロスフィンガリングを取るのに対し、ドイツ式は01234 で両オクターヴをカバーすることから、調号のない調性において単純な運指で演奏できる楽器として、主に教育現場で採用されています。小学校の音楽の授業でよく目にするこのドイツ式ですが、一方で、派生音でかえって運指が複雑になり扱いが厄介で、他調性での演奏に向かない非合理的なシステムだとして、一般的に低評価されています。
*Peter Harlan(1898-1966) ギタリスト、マルチ楽器プレイヤー、古楽器の復興製作を行った。リコーダー製作は他の職人に委託して展開。本人は実際の製作には携わらなかった。
*Arnold Dolmetsch(1858- 1940) ヴァイオリニスト、マルチ楽器プレイヤー、古楽器の復興製作、実演をファミリービジネスとして開始、数代に渡って成功を納めた。




ドイツ式運指の歴史的な採用例

 先日パリで、世界的リコーダー奏者のセバスティアン・マルク氏と、彼が所蔵する1930-40 年頃に製作されたドイツ製のドイツ式運指のリコーダーで、このタイプのリコーダーを想定して作曲された、P. ヒンデミット * の 「トリオ」 (1932) を演奏しました。ヒンデミットは現代音楽で知られる作曲家ですが、実は古楽器にも大変精通しており、のちの1954年には、モンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」を古楽器で初演し、当時話題を呼びました。(録音はSpotifiでも聴けます♪)さて、この作品は、A 管アルトと二本のD 管テナーという編成で書かれているのですが、現在ではこれらの管はイレギュラーで、指定の楽器編成で演奏されることはまずありません。今回、A, E, F 管アルト、D 管テナーを試奏しましたが、いずれもドイツ式運指でストレートウィンドウェイの楽器でした。ヒンデミットに師事した、指揮者の坂本良隆* が1936年のベルリンオリンピックで聴いた C.オルフ* 作曲の音楽の中でリコーダー演奏に接し、日本に最初にリコーダーを持ち込んだ、という話が知られていますが、YAMAHA 管楽器部門の前身であったニッカン(日本管楽器株式会社)が戦後教育楽器の製造においてお手本としたのがこのような楽器だったことでしょう。
*Paul Hindemith(1895-1963)ドイツの作曲家。
*坂本良隆(1898-1968) 指揮者。山田耕筰にも師事。
*Carl Orff(1895-1982)ドイツの作曲家。

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↑1930-40年代製作のオリジナルのドイツ式リコーダー。左から、D管テナー(Muller・Orpheus)、
F管アルト(”ALCANDO" ダブルキー付き)、A管アルト(Musikhauskoch Munghen SHUTZ・MARKE ''SONORA")。


 また、これらの楽器と同時期にフランスのL. N. ロット や Lucien ロットをはじめとするフルート工房で製作されていた「Pipeau ピポ」は、6 キー付きの C 管ソプラノリコーダーで、ドイツ式と同様の運指を採用していました。この手の楽器は、見た目からイングリッシュフラジオレットやチャカンなどの別種の縦笛と誤認されやすいですが、キーシステムが類似するだけで、異なる運指システムの楽器です。フルートの名工、ロット一族が古楽復興にそれほど積極的に関与していたことはないようですが、当時のリコーダー人気に便乗して、「気軽に吹ける縦笛」として製品化したものだと思います。ドイツ式リコーダーは開発後、ナチスドイツの統治時代にヨーロッパに大きく広がりました。フランスでもドイツ式運指が採用されたことは、当時の世界情勢の力関係を反映していることがうかがえますね。
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↑フランスの管楽器製作家、Louis Nicolas Lot によるC管リコーダー”Pipeau”は、手軽に演奏でき、愛らしい音色の縦笛で人気がありましたが、
ドイツ式運指を採用したキー式リコーダーの一例です。 (1940年頃製、パリ、個人所有)


 戦後のドイツ製品の厳しい風評被害を背に、ドルメッチ社のイギリス式リコーダーの商業的成功は、市場の独占を実現します。その後ヨーロッパではほぼ完全に排除されたと言って良いドイツ式運指のリコーダーですが、日本の教育楽器メーカーでは教育現場での需要から、現在もなお比較的多く製造されています。ドイツのメック社、モーレンハウエル社をはじめ複数のメーカーで教育用の楽器として少ないラインナップでありながらもドイツ式の楽器が製造されていますが、教育現場での実際の採用率は日本ほどは多くはないと言われます。
 
 ここで教育現場ではよく話題に上がる、ソプラノリコーダー導入指導における運指の選択について、私の意見を少し述べたいと思います。 
 前途のように、一般的に言われるバロック式」(英:”Baroque Fingering”)ですが、これは元を正せば ドルメッチ社独自の商標であったもので、自社の製品を差別化・正当化するためのネーミング戦略であって、実際は決してバロック時代の運指ではありません。イギリス式運指もドイツ式運指も、どちらも18世紀リコーダーの元来の運指を変更して開発された機能的・便宜的な運指です。したがって、どちらも同等に歴史的正当性はなく、それぞれの違ったコンセプトで旧式運指の難点を解決しています。(旧式運指についてもっと詳しく知りたい方はこちら)



ドイツ式運指の一般的認識

 一般に「ドイツ式は音程が悪く、半音階運指がかえって厄介」と言われますが、私は経験上この風評に疑問を持っています。実際20世紀前半に製作されたジャーマン運指の楽器を演奏してみると、当時作曲されたリコーダーレパートリーには多少込み入った作品もありますが、それらの演奏に充分対応しうるからです。現在、ほぼ100%のリコーダー奏者がイギリス式を使用しているので、この業界でなされるドイツ式への評価は常に、これまでよく慣れ使いこなしてきたイギリス式との比較を前提にしたものだということを、まずは強調したいと思います。実際には、ドイツ式運指の派生音は、イギリス式で不安定になりがちなところが逆に豊かに鳴ったり、イギリス式に見られないところで旧式運指と共通するという側面もあります。また、ドイツ式は一般的に、音程が悪いと言われますが、実際には、そのようなことを断定的に言うことはできません。特に現在では日本国内の各教育楽器製造会社によって大変性能の良い楽器が製作されていますし、イギリス式でも音程の不安定な楽器はたくさんあります。むしろ内径設計やヴォイシング、調律など、個々の楽器のクオリティの問題だと捉えられます。イギリス式の楽器と一緒に演奏する場面で、音程の方向性が合わないということはありますが、ドイツ式が楽器の構造上音程が悪いということは、安易に言ってしまうことは避けるべきだと思います。



ドイツ式リコーダーのイギリス式と異なる運指
(ソプラノリコーダーの場合)


1オクターヴ目

ファ: 01234

ファ#: 0123 567
(旧式運指と同じ)


2オクターヴ目

ファ: 0h1234

ファ#: 0h123 56h
(旧式運指と同じ)

ソ#: 0h123 (5)67
(旧式運指を含む、キー付きのテナー、バスなどの大型の楽器と同じ)

※hは半開を意味します。
※ファの運指は旧式運指と異なりますが、イギリス式でもこの音は同様に異なります。



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↑世界最大手リコーダーメーカー、メック社(ドイツ、ツェレ) の創始者で音楽学社だったヘルマン・メック(1922 - 2010) が、
1940年頃に開発を行っていた、独自のキーシステム搭載のモダン・テナーリコーダーも、やはりドイツ式運指を基本としています。




ドイツ式の過小評価の根源

 イギリス式が戦後から現在まで演奏家の間で主流のシステムとして親しまれてきた中で、今日では多くの現代作品、エチュードや教則本はこの運指を想定して書かれ、音楽院でもこの運指の楽器で教育が行われてきました。また、楽器自体もより高度な演奏技術のレベルに応えるべく、イギリス式の運指を持ってして改良・開発が続けてられてきました。ドイツ式運指でリコーダーを作る個人製作家などは現在ではいませんし、教育楽器メーカーでも良いグレードのモデルにはドイツ式の選択肢がない場合もあります。また、ドイツ式で演奏した経験のない世代の演奏家が100%で、同等に演奏するという目的でわざわざ今から別の運指を学ぶ必要はありませんし、ましてや慣れない運指で指導するのはかえって厄介です。加えてドイツ式が劣悪だという風評も相まって、一般的に教育現場では混乱を避けるためにイギリス式に統一しようという風潮が非常に強くなっています。かつてはアルトはもちろん、テナーやバスまでドイツ式でコンソートが楽しまれましたが、現在製造されているのはソプラノのみで、ドイツ式のソプラノでリコーダーを導入しても、他のサイズの楽器に持ち替える時にイギリス式に乗り換えなければならず、現場の混乱を招いています。という状況下で、ドイツ式運指はそれ自体の実際の機能性はよく知られないまま、過少評価を受けていると言えましょう。
 技術的な面で言えば、一般的な学校教育で演奏する程度の楽曲ならば、実際ドイツ式でなんの問題なく演奏できますし、仮にどの運指の楽器であろうと教師がそれで演奏できるのであれば、音楽教育のプロセスとして全く問題はありません。現場の先生方ご自身が、目的に合わせて個々で判断すれば良いというのが私の考えです。




教育現場でのドイツ式運指採用の是非

 私は小中、高等学校の音楽教員ではないので、現役の現場の先生方には、ここからは理想論だと思って笑って下さっても大丈夫ですが、教師が楽器を選択・指定するだけでなく、できれば子どもが将来的に自分で選択する自由が得られるような指導が望まれるべきだと思います。本来楽器は、奏者本人が自身の趣向やスタイル、目的によって選択するものですよね。ブラスバンドの多くの管楽器では、フォークフィンガリング(クロスフィンガリング)をどう扱うかは、リコーダーやその他の古楽器の管楽器に比べて、それほど重要ではありません。現代の管楽器に触れる以前に、イギリス式リコーダー運指のほんのちょっとした複雑さから、演奏を諦めてしまう子どもが、実際のところ現場には結構います。リコーダー指導が管楽器導入の障害になってしまっては本末転倒ではありませんか?!

 学校の先生方は、それぞれの運指の存在とその特徴や利点を理解した上で、指導環境などの条件に合った購入楽器を選択していただく、ということに尽きると思います。同時に、できれば子供に選択肢を与えてほしいです。残念ならがら大人数の集団的指導、加えて授業時間削減のなかで大変困難なことはお察ししますが、イギリス式を採用する場合でも、ドイツ式があるということにも触れ、必要とする子どもにはその選択肢を、また、逆にドイツ式を採用する場合は、イギリス式のことにも触れ、将来的にもっとたくさんのレパートリーを探求したい子には提供する、というのが、望まれる指導の流れだと思います。

 リコーダーという楽器が、元来単なる教育楽器なのではなく、その奥深い世界があるということを子供が知るきっかけを与えることは、もちろん重要な教育要素です。しかしながら、学校教育でのリコーダー採用の目的は、まず管楽器演奏のための導入楽器としての役割を最低果たすべきというのが、私の願いです。そのために、指導環境によっては、イギリス式でもドイツ式でも、目的を持って選択さえされれば、どちらでも構わないはずです。ただ、個々の進度レベルを適切に把握するための机間巡視は徹底されるべきです。
 仮にもし私が、音楽の授業の集団的指導の現場でリコーダー導入をするなら、自分自身が慣れているイギリス式を選択すると思います。その上で、この運指で問題を抱える児童・生徒には個別的な選択肢としてドイツ式 を提示することになんの抵抗もありません。ドイツ式を備品として用意し必要な子供に提供する程度のことは簡単だと思います。また、もし教師がイギリス式よりもドイツ式に慣れていて、教材の曲を難なく演奏できるのであれば、それはそれで問題のないことです。ただ、イギリス式にも言述し、それを必要とする子供に対して選択の余地があるようにすればなお良いと思います。


↑ C.オルフがベルリンオリンピック(1936)のために作曲した、オリンピック試合のための音楽。
ヒンデミットに師事していた坂本良隆が現地でこの演奏を聴き、感銘して日本にリコーダーを最初に持ち込んだとされている。


 これを機に、ドイツ式運指のリコーダーも、単なる「劣悪な簡易楽器」ではなく、一つの有効な選択肢として改めて見直してみるのもいいかもしれません。


野崎剛右(リコーダー奏者)

(この記事の内容は随時更新されます)

by koske-p-nozaki | 2024-01-26 17:36 | リコーダーに関する専門的な話し | Comments(0)

古楽アンサンブル「びっくりコンセール!」主宰


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