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野崎 剛右 Koske Nozaki, リコーダー

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カテゴリ:リコーダーに関する話題 歴史的運指など( 5 )


2020年 09月 26日

「ジャーマン式」ってそんなに劣悪? ドイツ式運指(German Fingering)と教育現場でのリコーダー運指の選択についての考察 2017



ドイツ式運指とは?

 現代リコーダーの運指には、2つのシステムがあります。

1. イギリス式運指(俗に「バロック運指」)
English Fingering ( or "Baroque Fingering")
2. ドイツ式運指(ジャーマン運指、日本での呼称は主に「ジャーマン式運指」)
German Fingering

 これら2つの現代運指は両方とも20世紀初頭の古楽復興の中で、元来のバロック時代のリコーダーの運指、いわゆる旧式運指(Old Fingering)に手を加えて考案されました。現在のヨーロッパではドイツ式運指のリコーダーは廃れましたが、イギリス式は現在の古楽シーンでもなお、主流のシステムです。(旧式運指についてより詳しく知りたい方はこちら)

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↑左から:イギリス式運指(H.Coolsma)、旧式運指(K.Kinoshita)、ドイツ式運指(P.Harlan)。旧式がトーンホールの大きさ・間隔ともに均等に見えるのに対し、イギリス式は4番を小さく、5番が大きい。また4番と5番の間隔はしばしば広げられる。ドイツ式は反対に4番が大きく、5番が小さい。




ドイツ式運指の発明

 ドイツ式運指は、P.ハーラン* によって1920年代(1925年頃とも)、すなわち A.ドルメッチ* によるイギリス式(または通称”バロック式” 運指)と概ね同時期に、旧式運指を改変して開発されました。ソプラノリコーダーにおいて、ファの運指をイギリス式が 1オクターヴ目を01234 67、2オクターブ目を0h1234 6 のクロスフィンガリングを取るのに対し、ドイツ式は01234 で両オクターヴをカヴァーすることから、調号のない曲で簡単な運指で演奏できるシステムとして主に教育現場で採用されていますが、それ以外の音でかえって複雑な運指が多くなると言われ、他調性の演奏が難しく非合理的だと一般的に低評価されます。
*Peter Harlan(1898-1966)
*Arnold Dolmetsch(1858- 1940)




ドイツ式運指の採用例

 先日、パリでSébastien Marq氏と1930-40 年頃に製作されたドイツ製のドイツ式運指のリコーダーで、このタイプのリコーダーを想定して作曲された、P. ヒンデミット * の ”Trio” (1932) を演奏しました。この作品はA 管アルトと二本のD 管テナーという編成で書かれていますが、現在ではこれらの管はイレギュラーで、指定の楽器編成で演奏されることはまずありません。今回、Marq氏所有のA, E, F 管アルト、D 管テナーを試奏しましたが、いずれもストレートウィンドウェイの、すべてドイツ式運指の楽器でした。ヒンデミットに師事した、指揮者の坂本良隆* が1936年のベルリンオリンピックで聴いた C.オルフ* 作曲の音楽の中でリコーダー演奏に接し、日本に最初にリコーダーを持ち込んだ、という話は有名ですが、YAMAHA 管楽器部門の前身であったニッカン(日本管楽器株式会社)が戦後教育楽器の製造において模範としたのがこのような楽器だった事でしょう。
*Paul Hindemith(1895-1963)
*坂本良隆(1898-1968)、山田耕筰にも師事。
*Carl Orff(1895-1982)
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↑1930-40年代製作のオリジナルのドイツ式リコーダー。左から、D管テナー(Muller・Orpheus)、F管アルト(”ALCANDO" ダブルキー付き)、A管アルト(Musikhauskoch Munghen SHUTZ・MARKE ''SONORA")。


 また、これらの楽器と同時期にフランスのフルート製作家 L. N. Lot によって製作されていた”Pipeau”は、6 キー付きの C 管ソプラノリコーダーで、ドイツ式と同様の運指を持っていました。この手の楽器はその外観からEnglish Flageoletと混同されることもありますが、キーシステムが類似するものの、異なる音孔数と運指体系を持っています。Lot 一族が古楽復興に特に積極的に関与していたようには思えませんが、リコーダーの流行に乗って気軽に演奏できる製品として製造していたようです。ドイツ式リコーダーは開発後、ナチスドイツの統治時代にヨーロッパに大々的に広がりました。当時のフランスでもドイツ式運指が採用されていたことに不思議はありません。
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↑フランスのフルート製作家、Louis Nicolas Lot によるC管リコーダー”Pipeau”は、手軽に演奏でき、愛らしい音色の笛で人気がありましたが、ドイツ式運指を採用した、あるいは同様の運指を持った楽器の一例でもあります。 (1940年頃製、パリ、個人所有)


 戦後のドイツ製品の厳しい風評を背に、ドルメッチ社(イギリス)の商業的大成功によって、ヨーロッパではほぼ完全に排除されたと言って良いドイツ式運指のリコーダーですが、日本の教育楽器メーカーでは教育現場での需要から現在もなお製造されています。ドイツのメック社、モーレンハウエル社をはじめ複数のメーカーで教育用の楽器として非常に少ないラインナップでありながらもドイツ式の楽器が製造されていますが、教育現場での実際の採用率は日本ほど多くはないようです。
 
 ここで教育現場でよく話題になる、ソプラノリコーダー導入指導における運指の選択について述べたいと思います。 
 前途のように、一般に言われるバロック式(”Baroque Fingering”)ですが、これは元を正せば ドルメッチ社独自の商標であり、自社の製品を差別化・正当化するためのネーミング戦略であったまでで、決してバロック時代の運指ではありません。イギリス式運指もドイツ式運指も、どちらも20 世紀初頭に元来のバロックリコーダーの運指を変更して作られた簡易的な運指です。したがって、どちらも同等に正当性はなく、それぞれのコンセプトで旧式運指の難点を改変しています。(旧式運指についてより詳しく知りたい方はこちら)



ドイツ式運指の一般的認識

 一般に「ドイツ式は音程が悪く、半音階運指がかえって厄介」と言われますが、私は経験上この風評に疑問を持っています。実際20世紀前半に製作されたジャーマン運指の楽器を演奏してみると、当時に作曲されたリコーダーレパートリーには多少込み入った作品もありますが、それらの演奏に十分対応しうるからです。現在、ほぼ100%の演奏家がイギリス式を使用していることで、ドイツ式への評価は慣れ親しんだイギリス式との単なる比較だということをまず前提とすべきだと思います。実際には、ドイツ式運指の派生音は、イギリス式で不安定になりがちなところが逆に豊かに鳴ったり、イギリス式に見られないところで旧式運指と共通するという側面もあります。また、ドイツ式は一般的に、音程が悪いと言われますが、そのようなことは断定的に言うことはできません。特に現在では日本国内の各教育楽器製造会社によって大変性能の良い楽器が製作されていますし、イギリス式でも音程の不安定な楽器はたくさんあります。むしろ内径設計やヴォイシング、調律など、個々の楽器そのもののクオリティの問題だと捉えられます。 


ドイツ式リコーダーのイギリス式と異なる運指
(ソプラノリコーダーの場合)

1オクターヴ目
ファ: 01234
ファ#: 0123 567
(バロックリコーダーの旧式運指、ルネサンスリコーダーと同じ)

2オクターヴ目
ファ: 0h1234
ファ#: 0h123 56h
(ルネサンスリコーダーと同じ)
ソ#: 0h123 567
(ルネサンスリコーダーのバスやテナーと同じ)

※hは半開を意味します。
※ファの運指は歴史的運指と異なりますが、これはイギリス式でも同様に異なります。





ドイツ式の過小評価の根源

 しかしながら、イギリス式が戦後から現在まで演奏家の間で主流のシステムとして親しまれてきた中で、今日では多くの現代作品、エチュードや教則本はこの運指を想定して書かれ、音楽院でもこのシステムで教育が行われてきました。楽器もより高度な演奏技術のレベルに応えるべくイギリス式の運指を持ってして楽器の改良・開発が続けてられて来ましたし、それは教育楽器メーカーにも同じことです。ドイツ式運指でリコーダーを作る個人製作家などは現在ではいませんし、教育楽器メーカーでも良いグレードのモデルにはドイツ式の選択肢がない場合もあります。また、ドイツ式で演奏した経験のない世代の演奏家がほとんどで、同等に演奏する目的でわざわざ今から別のシステムを学ぶ必要はありませんし、ましてやそれで指導するのはかえって厄介です。加えてドイツ式が劣悪だという風評も重なり、一般的に教育現場ではイギリス式に統一しようという風潮が非常に強くなっています。かつてはアルトはもちろん、テナーやバスまでドイツ式でコンソートが楽しまれましたが、現在製造されるのはソプラノのみで、ドイツ式のソプラノでリコーダーを導入しても、他のサイズの楽器に持ち替える時にイギリス式に乗り換えなければならず、現場の混乱を招いています。この状況下でドイツ式運指はそれ自体の実際の機能性としてはよく知られないまま、過少評価を得ていると言えるというのが私の見解です。
 実際、技術的な面で言えば、学校教育で一般的に演奏する程度の楽曲ならば、ドイツ式でもなんの問題なく演奏できますし、仮にどの運指の楽器であろうと教師がそれで演奏できるのであれば、音楽教育のプロセスとして問題はありません。現場の先生方ご自身が、目的に合わせて個々で判断すれば良いと考えています。




教育現場での採用の是非

 私は小中、高等学校の音楽教員ではないので、現役の現場の先生方には、ここからは理想論だと思って笑って下さって結構ですが、教師が楽器を選択・指定するだけでなく、できれば児童・生徒が将来的に運指を選択する自由が儲けられればもっと良いと思います。これは、本来楽器(やその運指、システム)は奏者本人が自身の趣向やスタイル、目的によって選択するものだからです。ブラスバンドの多くの管楽器では(フォークフィンガリング(クロスドフィンガリング)のテクニックはリコーダーやその他の同時代(バロック以前)の管楽器に比べてそれほど重要ではありません。こうした現代の管楽器に触れる以前に、イギリス式リコーダー運指のほんのちょっとした複雑さから、自分には管楽器演奏の素質がない、とその時点で演奏を諦めてしまう子供が実際のところ現場には結構います。リコーダー指導が管楽器導入の障害になってしまっては本末転倒ではありませんか?!

 教師はそれぞれの運指の存在とその利点を理解した上で、指導環境などその他の条件をにあった目的のもとに購入楽器を選択していただきたいです。同時に、できれば子供に選択肢を与えてほしいです。残念ならがら大人数の集団的指導、加えて授業時間削減の状況下では大変困難なことはお察ししますが。

 リコーダーという楽器が元来単なる教育楽器なのではなく、その奥深い世界があるということを子供が知るきっかけを与えることは、もちろん重要な教育要素ではあります。しかしながら、学校教育でのリコーダーの使用目的は、まず管楽器演奏のための導入楽器としての役割を最低果たすべきというのが、私の意見です。そのために、指導環境によっては、イギリス式でもドイツ式でも、目的を持って選択さえすればどちらでも構わないはずです。
 もし仮に私が小学校、または中学・高校の音楽科教師として集団的指導でリコーダー導入をする場合、自分自身が慣れているイギリス式を選択するでしょうが、その運指で問題を抱える児童・生徒には個別的な選択肢としてドイツ式 を提示することになんの抵抗もありません。ドイツ式を備品として常備し必要な子供に提供する程度のことは簡単なことです。また、もし教師がイギリス式よりもドイツ式に慣れていて、教材の曲を難なく演奏できるのであれば、それはそれで良いことでしょう。ただ、イギリス式にも言述し、それを必要とする子供に対して選択の余地があるようにすればなお良いと思います。

↑ C.オルフがベルリンオリンピック(1936)のために作曲した、オリンピック試合のための音楽。P.ヒンデミットに師事した坂本良隆がこの演奏を聴き、日本にリコーダーを最初に持ち込んだとされている。


 これを機に、ドイツ式運指のリコーダーも、ただの「劣悪な簡易的な楽器」ではなく、一つの有効な選択肢として教育現場で改めて見直されれば、と思います。


野崎剛右(リコーダー奏者)

(この記事の内容は随時更新されます)


by koske-p-nozaki | 2020-09-26 00:19 | リコーダーに関する話題 歴史的運指など | Comments(0)
2020年 09月 11日

ステインズビーJr :『リコーダーの新しいシステム』(1732, ロンドン) について

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リコーダーの衰退と新しいシステム

 18世紀、イギリスでは「通常のフルート”common flute”」と呼ばれていたリコーダーですが、当時のロンドンでトップの管楽器職人Thomas Stanesby Jr(トーマス・ステインズビー・ジュニア)は、かつての全盛期(1680年代~1720年代)に比べ落ち込んできていたその需要に危機感を覚えていたのでしょう。満を辞してリコーダーのための「新しいシステム」* と題打った、新型楽器の宣伝文を刊行します。
 それが ”A New System of the Flute A' BEC, or Common English Flute, フルータベック(仏)、すなわち通常のイギリス式フルートの新しいシステム” (1732, London)です。
*ニューグローブ日本語版では「新体系」と邦訳。

 この宣伝文の最後には、すべての半音でシャープとフラットを区別する、リコーダーの運指としては異例の全音域で完全異名異音の運指表が掲載されています。加えてこれは現存する資料ではイギリスで最初の、またヨーロッパでもBismantova(1677, Ferrara) 以来初めての、6番薬指の保持を伴わない運指システムをバロック型リコーダーに対して提唱したものです。
 これを皮切りに、Majer(1732, Nuremberg), Wright(1734, London), Eisel (1738, Erfurt) などが、6番オープンシステムの運指表を提示するようになります。Stanesby Jr の完全異名異音による運指システムは、リコーダーの運指表としてはそれ以前にも後にも他には見受けられず、後のJ.J.クヴァンツによる横吹きフルートの運指表(1752)に先立つもので、当時の管楽器にさらなる便宜さが要求され始めていたことがうかがえます。この流れに対応すべく、この新設計のテナーリコーダーを開発したStanesby Jrの意気込みに、一体それがどんな楽器であったのか気になるところですが、残念ながらこの運指に対応すると思われる楽器は今のところ発見されていません。*
*パリのフィルハーモニー楽器博物館所蔵のStanesby Junior 作の横吹フルート風外観を持つテナーリコーダーがこれに相当する楽器だとする主張が一部の製作家や演奏家によってなされていますが、オリジナルはトーンホールが改造されていると見られる他、楽器自体のコンディションが演奏に耐えうるものではなく、運指の検証は未だ行われていません。
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パリ・フィルハーモニー楽器博物館所蔵のステインズビーJr によるC管テナー。



「ユニゾンできるリコーダー」!

 ステインズビーJrは、C管のリコーダーを使うことで、他の 「コンサート楽器」 =合奏用楽器 (オーボエ、横吹フルート、ヴァイオリンなど)と同音域で一緒に演奏することを提唱しています。ここでの「コンサート”concert”」とは現在のいわゆる「=演奏会」といった直接的な意味ではなく、古い意味で当時のフランス語の「コンセール」とほぼ同意義の、複数の楽器で一緒に演奏する、と言う意味ととれます。一つの旋律楽器パートを別の種類同士の楽器でかぶせたユニゾンで演奏することもしばしば行われ、Ch.デュパールの組曲集の楽器設定ではヴァイオリンとヴォイスフルートなどといった指定が実例として見られます。
 そこで、それまでのF管を基準にしたリコーダー愛好家が楽譜の移調に伴う手間と混乱、合奏で曲や調性に合わせて違う調の管の楽器を持ち替えたり、F管アルトリコーダーで音域外の音のオクターヴを変更しながら合奏する代わりに、この1本のC管テナーが「真の合奏用リコーダー」("the true concert flute")* となる物だとうたいました。当時リコーダーを嗜んだ中流層のイギリス紳士たちにとってC管のテナーリコーダーは慣れないしろもろだったようですが、フランスではすでにDupuis, (M.)Hotteterre, Rippert などの製作家をはじめ、初期のバロック型の楽器の時代からむしろD管のいわゆるヴォイスフルートよりも比較的多く残っていて、シャルパンティエのモテなどでも頻繁に指定されるリコーダーコンソートの中で必須の楽器でした。その運指が対応する調性はD管の楽器よりも便宜性が高いことからも頷け、ステインズビーの示唆にも見られるように、合奏の中での他の楽器とのユニゾンを難なく演奏できることから、フランスではごく普通の常用楽器として使用されていたので、それをロンドンのリコーダー愛好家たちに売り込もうと考えたのかも知れません。
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パリ・フィルハーモニー楽器博物館所蔵のオトテール 一族によるC管テナー。 (キーは非オリジナルとみられる)



イギリス紳士は移調がニガテ?

 彼の努力あってかは定かではありませんが、イギリスでもC管のテナーはたくさん作られたようで、オリジナル楽器も残っています。こうした楽器で当時の愛好家が合奏を楽しんだことが想像できます。ステインズビーはF管の伝統に慣れ親しんだ紳士達に向けて、テナーを演奏するときには最低音を「F」ではなく、「C」と呼ぶように呼びかけていて、アマチュアはその悪習慣のせいで他の管楽器を演奏する妨げになっていると指摘しています。因みにステインズビーの以前にも以後にもC管テナーリコーダー用のメソッドなどは残っておらず、1750年以降の教則本でも、相変わらず他の楽器のために書かれた曲をF菅アルトで移調いて演奏する方法を丁寧に解説したものまで見られます。リコーダーの教則本はイギリスで19世紀に入る頃まで出版され続けましたが、その全てがまずF管を念頭においたもので、その伝統はリコーダーが完全に廃れるまで続いたようです。
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↑アムステルダム王立博物館所蔵のP.ブレッサンによるC管テナー

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↑ステインズビーJrの全異名異音のテナーリコーダー運指表。



(この記事の情報は随時更新されます。)



by koske-p-nozaki | 2020-09-11 19:01 | リコーダーに関する話題 歴史的運指など | Comments(0)
2020年 06月 04日

現代リコーダー界からの目覚め(2016)

2016年にオランダのデン・ハーグ王立音楽院で行なった、バロックリコーダーの歴史的運指に関する研究論文の序文を和訳します。

Koske Nozaki, "A practical exploration of the historical fingerings of Baroque Recorders in England, France and Germany."(2016)
原文(オリジナル楽器調査の動画サンプル、1677年〜1788年間40の運指表の比較チャートを含む):https://www.researchcatalogue.net/view/103913/103914
( email: arcangelo4989@yahoo.co.jp, password: fingering )



第1章

現代リコーダー界からの目覚め


 リコーダーは、特にバロック音楽におけるその豊富なレパートリーから、20 世紀初頭の古楽復興運動において重要な楽器の一つでした。しかしながら、現在のほとんどのリコーダー奏者は、バロック時代に一般的に使われていた運指、歴史的運指構造を伴った楽器を使用していません。代わりに我々演奏家が使用するのは大抵の場合、現代式運指の楽器で、それには運指を簡略化するとともに音色をより均一化するための密かな改変が加えられています。この異なった運指を持った現代の楽器では、複数の特定の音とトリルの運指において、現存するバロックリコーダーのための運指表に従って演奏することはできません。
 現代古楽の現場で演奏されるバロックリコーダーは、その運指の構造から、大きく分けて2つに分類することができます。

1. 現代式運指(Modern fingering) または「バロック式、イギリス式運指(Baroque or English fingering) 」と呼ばれるもの。
2. 歴史的運指(Historical fingering)または「旧式運指(Old fingering)」と呼ばれるもの。

 現代式運指はアーノルド・ドルメッチ(Arnold Dolmetsch,1858-1940))によって20 世紀にイギリスで考案されたものです。この改変の目的は、歴史的運指の持つ難易な運指のうちの幾つかを簡易化することでした。簡潔に言うと、歴史的運指では2オクターヴ目のB♭で6番の指で音孔の半開が必要で、音孔がルネサンスタイプの楽器に比べより小さいことも相まって、この運指が連結する時に、指の繊細な動きが求められます。 (特にシングルホールのアルトリコーダーの場合).

 この楽器は、P. ブレッサン(Bressan)によって18 世紀に製作されたオリジナルのリコーダーで、A.ドルメッチが所有し、彼自身のリコーダー製作においてモデルとしていたものです。ご覧いただけるように、このブレッサンの音孔は均等な大きさと間隔で配置され()、シンメトリーの美しさと典型的なバロックの気品を感じさせます。チューニングは、アンダーカッティングと呼ばれる、内径へ向けて音孔を拡張する方法で程よく調整されています。
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 ドルメッチが行った最大の改変は、音孔の大きさを変更したこと、また6番と7番の指を半開する際の不確実性を解決するために、これら2つの音孔にダブルホールを採用したことです。また、彼はそのリコーダー製作の中で、a’= 400 から 410Hz ほどの低いバロックピッチを持つオリジナルのブレッサンリコーダーを、現代の標準ピッチ(a’=440 Hz)で演奏するために短くし、アーチ状のレイビウム(発音機構のエッジがある面)を平らに、そしてウィンドウェイはより高く、幅広くし、これによって演奏により多くの息量を必要とさせることで、リコーダーをモダンピアノと一緒に演奏するのに十分な音量の楽器へと仕立て上げました。加えて不均等な大きさと間隔の音孔、ダブルホールを用いて、平均律に合わせて演奏するべく音程を向上させました。これは特に2オクターヴ目のC#3音で顕著に見られます。また、問題であったB♭音を含む、幾つかの音で運指変更を行いました。

 この改良された運指は歴史的運指に比べ楽で、演奏をより容易にします。その後、後継者のカール・ドルメッチ(Carl Dolmetsch, Arnouldの息子)によって改良はさらに押し進められ、音量のさらなる増強とそれによってリコーダーという楽器は多様な可能性を広げることになりました。この開発こそが、”単なるリコーダー”を現在の位置にまで押し上げたのです。加えて、リコーダーは教育楽器として世界中で採用されるようになったことで、この運指は広く世界に拡散しました。
 
 今日、A.ドルメッチの行った改良からもはや100 年が経とうとしていますが、プロのリコーダー奏者の大多数が今だに彼のシステムを使い、また自ら進んでそれを変えようとはしません。それは歴史的運指についての知識の不足と、あるいは変えること自体の難しさからでしょう。しかしこれは、我々が本来のバロックリコーダーの特性を未だ何一つ知らないということなのです。当時使用された楽器、また当時の人がそれらをどのように演奏していたかについて研究することは、新しいリコーダー奏法を現代の私たちに提示するとともに、演奏意欲を掻き立てる新たなインスピレーションと新しいアプローチの仕方を我々演奏家に与えるはずです。このプロセスはオーセンティックな古楽演奏法全般の発展、また私個人の音楽家としての発展のためにも必要不可欠なのことです。

 このプロジェクトの目的は、

・歴史的運指のバロックリコーダーの奏法への理解をより深める。
・歴史的運指での新たに合理的な奏法を見出すと同時に発展させ、そのメソッドを実際の演奏に導入する。
・加えて、これらのテクニックがリコーダーにおけるバロック音楽の演奏にどのように影響を与えるかについて追求する。
     
 歴史的楽器としての新たな「リコーダー」のイメージは、我々リコーダー奏者だけでなく、他の古楽器奏者、加えて楽器製作家にとってもインパクトのあるものとなることでしょう。今日多くの演奏家が 本来の歴史的なバロックリコーダーの奏法を理解するに至っていないという事実からも、今一度、歴史的運指について学ぶことは、リコーダーという楽器がようやく真の意味での「古楽器」になることを許すはずです。


以上、脚注を除き本文を和訳。



ここからは補足ですが、誤解を招きやすい、オリジナルリコーダーの音孔に関する問題について説明します。

本文の中で使用した、”A.ドルメッチの所有したブレッサン”の画像は、後に彼がこの楽器を酷使したことでマウスピースに亀裂が入る以前の貴重なものですが、5番の音孔が大きく見え、この時点ですでに彼の手によって広げられていた可能性があります。これは、Bb1とBb2をモダン運指でとるための一般的な改造です。さらに、6番も非常に大きく見え怪しく、低音A1を上げる目的で広げられたかもしれません。論文製作時はこの画像はより小さなサイズで掲載したため、鮮明に見ることができませんでしたが、今回拡大掲載するにあたり疑いが出てきたので、ここに補足を加えます。

 音孔に手を加えられずに残ったオリジナル Bressan の例。

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↑ Bate Collection(オックスフォード)
「エドガー・ハントのブレッサン」として有名な個体。





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↑ Library of Congress(ワシントンDC)





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↑ 2014 年頃にパリのある楽器商によって販売された個体





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↑ Private collection(東京)




 これらのブレッサンのように、オリジナルのバロックリコーダーは、4, 5, 6番の音孔はほとんど等しい大きさに見えるよう開けられ、特にブレッサンにおいては、4番はむしろ5番よりも若干大きい個体が多く見られます。
 ところが、現存する貴重なオリジナル楽器の中には、後世の人によって手を加えられてしまったものが数多くあります。A. ドルメッチが自分のブレッサンを実験台に様々な試みをした結果、現在のイギリス式運指(モダン運指)の誕生に至ったわけですが、犠牲となったのは、残念ながらその一本だけに止まりませんでした。

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↑ A.ドルメッチ(1858-1940)と彼の所有したブレッサン。マウスピースが破損した後。
(1958年にドルメッチの妻によって出版された、"Personal Recollections of Arnold Dolmetsch"より)






以下は、音孔を改造されたオリジナル Bressanの例。

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↑ Frans Brüggen collection(アムステルダム)
2008年に Heiko ter Schegget によってヘンデルのソナタの録音に使用されたのもこの楽器です。




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↑ Library of Congress(ワシントンDC)



 ドルメッチの運指が標準となったことで起こった悲惨なことは、特に1950 年代から60 年代にかけて、イギリスを中心にオリジナル楽器を使用しての演奏、録音がこぞって行われるようになった頃に、多くのこれらの貴重な楽器が改造されてしまったことです。
 その後現在に至るまでオリジナルリコーダーを使用した録音は数多くありますが、こうした改造運指の楽器を使用した例は少なくありません。実際楽器を見ない限り、それがどういう状態なのか正確に判断することは難しいのです。今後、オリジナル楽器の状態と管理情報がさらに整備されていくことを願ってやみません。一度手を入れられてしまった楽器からは、それが製作された当時、製作家によってどのような音律と運指で調整されたのかということは、もう二度と知ることはできないのです。




Contact:
Koskè 野崎,
Email arcangelo4989@yahoo.co.jp





by koske-p-nozaki | 2020-06-04 02:48 | リコーダーに関する話題 歴史的運指など | Comments(0)
2020年 03月 10日

指の骨格とリコーダーの指づかいについて

ある生徒さんから、ご質問をいただいたのですが、
興味深い内容でしたので、シェアさせていただきます。


ご質問

こんにちは。
疑問に思ったことがあります。

リコーダーの演奏で指を動かす時は、
PIP関節(俗に言う第二関節)か、
MP関節(指の付け根の関節)か、
どちらの動きを意識した方が良いですか?

私はMP関節、演奏仲間のAさんはPIP関節、それぞれ違う関節を意識をしているようなのです。

おそらく、Aさんはフルートのキーの押さえ方、私はユーフォニアムのピストンの動きのクセがあるため、この様な相違があるものと思われます。

野崎先生のご意見としては、どちらでしょうか、やはりPIP関節ですか?

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私の返答

 まず、”PIP関節”、”MP関節”という医学用語での関節の名称を私は知らず、たいへん勉強になりました!
 どちらの関節を意識して動かしたからといって、指を上げる動作・指を音孔に下ろす動作自体は、必ずしも見て分かるほど変わりませんが、あえてどちらかを意識して動かすのなら、という仮定でお答えします。

 個人の意見としては、通常の奏法(単純に指の上げ下げの運動)の場合には、MP関節からの動きを意識すると良いと思います。瞬発的な動きにはそのほうが適しているからです。
 例えば、バグパイプ奏者や、アイルランドの伝統音楽のフルートやホイッスル奏者は、楽器自体が細いということもありますが、その伝統的な装飾法で活発な運指が求められます。彼らは中節骨(画像で青の部分)の場所で音孔を塞ぎ、指を高く上げて演奏します。つまり彼らの場合、基本的にMP関節からの運動なのでしょうね。(※ホイッスル奏者の中には指先で音孔を塞ぐ奏法の方もいらっしゃいます。)
 
 ただしリコーダーの場合管体は太く、多くの奏者は末節骨(紫の部分)の位置で音孔を塞ぐので、指を高く上げ過ぎてしまうと、音孔に下りるまでに時間が掛かり演奏しにくくなってしまうので注意が必要です。

 一方、リコーダーで、ダブルホールを半開にするときは、指は(奏者から見て)横方向の動きになるので、PIP関節からの動きをより意識した方が良いです。シングルホールの穴を半開にするときや、現代作品でグリッサンドをするときにも、同様にPIP関節から動かすとより精密な動きができるように感じます。特にシングルホール半開ではダブルホールの場合よりも可動域・運動量が少ない、より小さな動きになります。
精密さが求められる反面、慣れるとこれはエコであって、むしろ楽に感じてきます。


野崎剛右(リコーダー奏者)


参考までに、アイリッシュ・ホイッスル、イーリアン・パイプ(アイルランドのバグパイプ)、
ボーダー・パイプ(イングランドとスコットランドの国境付近、ボーダーのバグパイプ)の演奏動画があったのでシェアしますね。

Fred Morrison, Michael McGoldrick and Donal Lunny





by koske-p-nozaki | 2020-03-10 02:30 | リコーダーに関する話題 歴史的運指など | Comments(0)
2015年 05月 26日

シックハルトの運指表における異名異音運指

17世紀末から18世紀、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、イタリア、スペインなど各地で数多く出版されたリコーダーのための教本から、運指表の比較、研究を行っています。

今回は、アムステルダムで1720年にJ.Ch.Schickhaldt(シックハルト)によって出版された、"Principes de la flute"(リコーダーの原理)から、興味深い運指を紹介したいと思います。


シックハルトの運指表における異名異音運指_a0236250_2233116.jpg

シックハルトのg#2を、初めて見たとき、こんな運指は他に例がなく、間違えなのではないか思いました。
しかし、後にStanesby Jrが、"Anew system of the Flute a'bec, or Comon English Flute"(1732, London, リコーダーの新しいシステム)のなかで、テナーリコーダー用の完全異名異音の運指表中、
d#2に234567、e♭2に123456の運指を示しているのと同様に、
この音を異名異音で演奏する場合に、通常運指123456よりも低い音程を得る運指としてシックハルトはg#2に0h23456を採用したのではないかと考るようになりました。
シックハルトの運指表における異名異音運指_a0236250_22335683.jpg

実際、0h23456はサミングを伴い、234567よりもフレキシブルで、同じ程度ピッチを下げることもできるし、それよりも高く取ることも出来るので、これは実用的な運指です。
この運指表に関して、J.Hotteterre: Principes de la Flute~(1707)の写し間違いでは、という考えがよくなされるようですが、上記の理由から、単なる写し間違いとしては解決しにくい、というのが私の意見です。

実際に私が所有するいくつかのコピー楽器で試してみると、
Bressan、Stanesby Sr、この2つのロンドンの楽器では、123456は音程がもともと既に充分低いので、この運指をとる必要はありませんが、以前Bizey(パリ)のモデルを演奏していたときに、その楽器では、123456は逆に高い傾向にあったので、シックハルトの運指を採用して演奏しました。

このような実例からも、当時のオランダの楽器に同様の傾向のものが存在したのかもしれません。

野崎剛右
(随時更新)

※検証で使用した楽器は、木下邦人氏製作のオリジナル運指のコピー楽器と、いくつかのオリジナル楽器です。

by koske-p-nozaki | 2015-05-26 22:35 | リコーダーに関する話題 歴史的運指など | Comments(0)